Supplying Affordable Housing through S106 and Cambridge as a Regional Case Study
This paper explores the way in which local authorities tackle shortage of affordable housing through S106 planning obligations in England, employing Cambridge as a regional case for the delivery of affordable housing in a context of an academic city. Whilst S106 is expected to be scaled back with the introduction of CIL, Cambridge case studies confirm that S106 still remains strong potential in supplying affordable housing via private development activities with local needs.

鈴木 英晃
小川 清一郎 (明海大学不動産学部教授)
2014年4月、 明海大学不動産学部論集 22, 63-71, 2014-03

研究の背景と目的

 Suzuki & Ogawa (2013)は、既存の都市計画ツールS106の問題点をまとめ、近年の不安定な社会経済情勢下においては、課税ベースの新たなツールであるCIL を積極的に導入する必要があることを指摘した。しかしながら、CILの効果として市場での住宅供給が期待される一方で、アフォーダブル住宅の供給に関してはS106がいまだ強力なツールであることも事実であり、その実用性に関する議論を残していた。英国、とくにイングランドにおいてアフォーダブル住宅の供給不足は深刻な問題であり継続的に取り組まれている。そこで本稿はS106がアフォーダブル住宅供給にいかに取り入れられてきたのかを議論する。

 また、同問題は地域によって状況が異なり、対象地域の状況に適合した措置が採られていることが知られている。そこで本稿は英国の学園都市ケンブリッジを例にとって、地方担当局がいかにS106を地域のアフォーダブル住宅不足問題に活用しているかを紹介する。

アフォーダブル住宅の供給不足

 イングランドにおいて住宅価格の高さは深刻な問題である。2010年におけるイングランドで実際に住宅ローンを取得した世帯の平均的な収入と住宅価格のアフォーダビリティ・レシオは4.4であった(DCLG, 2012)。アフォーダビリティ・レシオは、住宅価格と収入の割合で表され、住宅購入のアフォーダビリティ(買い求めやすさ)をあらわす指標である。イングランドの数値は一般的には3から3.5がアフォーダブルな範囲であると考えられているためこの数値が高いことがわかる。さらに全体から下位25%( 統計における全体の下位四分位 )に位置にする低い住宅価格及び収入の割合でみると6.7(ibid.)とより高い数値であることがわかる。これは平均的な住宅購入者よりも低い収入を持つエントリー・レベルの購入者(対象住宅も平均よりは安い)にとって特に厳しい状況にあるといえる。

 都市計画で議論されるアフォーダブル住宅は、ただ単に買い求めやすい(または借りやすい)住宅とは異なり、定義もさらに狭い。コミュニティ・地方自治省(Department for Communities and Local Government)によるアフォーダブル住宅の定義は以下である(DCLG, 2006)。

 “アフォーダブル住宅はソーシャル・レンテッド(地方自治体とRSLsが所有管理する賃貸住宅で、目標賃料がナショナル・レント・レジームによって決定されるもの)とインターメディエイト住宅(賃料がソーシャル・レンテッド住宅よりは高いものの、市場賃料よりは安い両方の中間に位置するもの)が含まれ、市場によってそのニーズが満たされない特定の資格要件を満たす世帯(eligible households、以下、適格世帯)に対して提供される。アフォーダブル住宅は、①適格世帯のニーズに応えているべきであり、彼らにとって手頃となる十分に低い費用で利用が可能であり、これは地域における収入と住宅価格が考慮されていること、②将来の適格世帯にとっての住宅が含まれていること、又はこれらの制限が取り除かれた後においても、代替となるアフォーダブル住宅の供給に補助金が充てられること。”(著者訳)

 つまり、アフォーダブル住宅とは「自治体等の提供するソーシャルハウジング等で、賃料が市場のものよりも低く、市場によって供給されない、現在そして将来の適格世帯に対して供給される住宅」であると言い換えることができる。この「適格世帯eligible households」とは所得面では「中間より低い所得(low-to-moderate Income)」の世帯を指すことが多い。若い世代に見られるような初めて住宅を購入する世帯(first time buyers)も含まれる。しかし、この「適格世帯eligible households」の定義も地域によって解釈が異なり、所得のみをもって適格とはせず、対象地域の状況に応じて柔軟に決めることもできる。いずれにせよ、市場活動により供給されない特定の地域/世帯に対し政策的に供給する必要がある住宅がアフォーダブル住宅と考えることができよう。

 アフォーダブル住宅不足に対する対応はそれぞれの地域により異なる。アフォーダブル住宅の供給不足は深刻な問題であるが、この問題は既存住宅の保護と新たな住宅供給の確保の両面からのアプローチが取られることが多い。これは地域によってその現状が千差万別であるためである。ロンドンの例でいうと、すでに住宅価格が高い地域では新規開発による家賃の上昇が懸念されていることから、新規住宅確保のみならず既存住宅の保護も政策に織り込まれていることもある(中井検裕・村木美貴, 1998) 。

住宅供給のための都市計画ツール

 自治体が提供するソーシャル住宅等のアフォーダブル住宅のみならず、住宅の市場供給は多様な政策により取り組まれている。住宅コミュニティ庁(Homes and Communities Agency)等により公的に供給される場合を除き、対応する都市計画ツールとしてはS106とCILがある。どちらも民間開発事業の活力を通じて、住宅供給を含む地域コミュニティの改善を促すという点で共通である。

Planning Obligations (S106)

 Planning Obligationsはthe Town and Country Planning Act 1990のセクション106に規定されている開発の許可に関して開発業者と自治体の間でなされる交渉を基礎とした同意(agreement、以下S106)である。このS106は、開発業者に開発スキームを進めることを許可するのみならず、広い範囲での“近隣地域における貢献”を要求する。この貢献は現金または現物支給によって行うことができアフォーダブル住宅の供給も含まれる。しかしS106同意のもとでは、全ての都市計画許可の6%しか都市基盤費用への貢献を果たさなかったことも指摘されており(DCLG, 2010, P.4)、その有効性が長く議論されてきた。

Community Infrastructure Levy

 そこで近年イングランドとウェールズにおいて、この非効率性な既存都市計画ツールであるS106に代わる、新たなツールCommunity Infrastructure Levy (以下、CIL)が誕生した。これは課税方式をとる任意の都市計画ツールであり、開発事業で発生した負の外部性を相殺することを目的として導入された。開発業者は、開発により増える床面積の純増加部分に対し課税(100㎡未満を除く)が行われ、CILは多様な開発スキームに対して適用することができる(DCLG, 2010, P.11)。

 CILの起源は、その根本的な概念を提案したBarker’s Reviewにまで遡る。Barker(2004)は土地利用と都市計画に関して整理しそれをいくつかの提案事項とともに提案した。Barkerは都市計画こそが住宅供給不足の原因とし、より柔軟性が求められていると指摘した。まず住宅不足が依然として存在し、その結果、価格も上昇を続けている。英国の住宅価格は、1974年から2004年の30年間の間に年2.4%毎で成長を続けており、これはヨーロッパ平均の2倍以上である。この状況を緩和するため、Barkerは――ポリシーメーカーにとって住宅市場の敏速な流れに対応することは難しいことも認めつつ――市場トレンドに関する利用可能な情報を活用し、より多くの確実性を確保しつつ迅速に対応を進めるべきであると提案した。このように都市計画が需要の変化に素早く適応する機能性が低い一方で、地理的傾向と収入の上昇はさらに住宅の需要を押し上げている状況が続いていた。Barkerの中核となる提案はPlanning Gain Supplement(PGS)であった。PGSはCILの起源となった政策であり、開発事業により発生する負の外部性を相殺しより安定した予算の確保を地方自治体に提供することが可能となり、末端に位置する地域コミュニティにとって有益であるとした。さらにBarkerは開発事業から得られた収益に安定的な税を課すことは、VATを改変し開発利益から直接徴収するよりも、計画許可planning permissionの付与時に課税を行うことが良いと提案した。これはVATが適用される住宅価格に直接課税することによる住宅価格への影響を考慮して、開発事業に着手する土地所有者側へ課税することを目的としている。

 保守党は2010年、労働党が当時採用したCILの廃止を検討したものの、2011年1月にはCILを改正し継続することが現在の状況では望ましいとLocalism Bill(DCLG, 2011)のなかで述べている。2011年4月には実際にCILの改正事項が導入された。その内容は、地方自治体が開発業者による現物支給(in-kind payment)の支払いをいかなる水準においても認可できるようにするため最低£50,000という敷居を取り除いたものであった。これにより、いかなる種類の開発事業に対しても現物支給の貢献を要求することが可能となった。さらに支払期限は地方自治体の裁量に委ねられることとなり(DCLG, 2010, p.13-14)、CILはさらに汎用性の高い都市計画ツールとして高い柔軟性を地方自治体に与えることができると期待がされている。

 Suzuki & Ogawa (2013)は、CILとS106の関係性についてまとめ、近年の不安定な社会経済情勢下において都市計画を担当する地方自治体は、CILを積極的に導入する必要があることと主張した。ただし、2010年時点でCILを導入の計画している地方自治体は20%であり(the Senservative Party, 2010)、2013年時点となっても実際に導入しているところは19ほど(Planning Advisory Service, 2013)に留まっており、今後の導入には時間を要するものと考えられる。

S106とCIL

 CILが一度導入されると、S106はその規定が縮小され特殊な事案にのみ適用される。特殊な事案とはCILが効果的な解決策を提案することが難しいものを指し、具体的にはクロスレイル開発事業(現在進行中の鉄道事業。100km以上の距離でイングランドを繋ぐ大規模計画)やアフォーダブル住宅の供給が含まれる。対話ベースといえども民間開発事業からアフォーダブル住宅の供給を促すS106が支持されるのは当然でもあるといえる。実際にも2012-2013年の間には42,830戸のアフォーダブル住宅がイングランド全体で供給され、そのうち補助金を得ずS106により供給されたものは4,920戸(DCLG, 2013)であったことから、アフォーダブル住宅に対するS106への期待と重要性は未だに大きいものといえよう。

不景気下におけるS106再交渉

 このようにアフォーダブル住宅の供給に関して潜在的有用性を有しているS106であるが、その供給は景気の動向に左右されることも報告されており、地方都市計画担当局は柔軟な対応が望まれている。

 Morrison & Burgess (2013)は不景気下におけるS106によるアフォーダブル住宅の供給と、開発事業者と地方都市計画担当局(Local Planning Authorities、以下LPA)の間におけるS106同意の再交渉について以下のように整理した。S106によるアフォーダブル住宅供給は、民間の開発行動に頼っているため、時の経済状況に左右されやすい。市場の景気が良い場合は多く開発事業も行われるため、それだけS106によるアフォーダブル住宅の供給も進む。しかし、金融危機などの経済活動が縮小する場合においては開発活動も減速する。そこで地方都市計画担当局によっては、今回の金融危機においては、地域貢献の目的を達成するために一定の譲歩をみせたところもあった。しかし、譲歩することに対しては懐疑的で再交渉には応じるべきではないとする意見もあった。これは譲歩後に市場が回復をみせた場合には、開発業者がその回復分を利益へと転換することも考えられるためである。さらに不景気時にはS106で同意された義務の達成がままならず支払いの滞りが発生し法廷に持ち込まれる場合も少なくなかった。S106はアフォーダブル住宅供給の非常に強力なツールである一方で、このように供給は一筋縄にはいかない。そのためLPAは長期プランとともに、適切に地域の問題を理解し、金融危機のような比較的中短期的イベントにおいても安定的な供給が得られるよう上手に舵取りを行うことが要求され、その役目は重大である。

ケンブリッジにおけるアフォーダブル住宅不足問題とその対応

 本章では実際にLPAがいかに地域の状況に即したアフォーダブル住宅供給を遂行しているのかを、ケンブリッジの実例を検討する。

 ケンブリッジは英国イングランドの東部ケンブリッジシャー州に位置し、ケンブリッジ大学を中心とする学園都市である。ケンブリッジ大学の歴史は古くは13世紀初頭にまで遡り、アンシャン・ユニバーシティ(Ancient University)の一つにも数えられる。その評価は英国内のみならず世界的にも高く、同国を代表する大学の一つである(Times Higher Educationの世界大学ランキング2013-2014では世界第7位、Top UniversitiesのQS世界大学ランキング2013では世界第3位、The Complete University GuideのUniversity League Table 2014では英国1位であった)

 アフォーダブル住宅不足問題はケンブリッジにおいても深刻である。2013年6月時点における、ケンブリッジのアフォーダビリティ・レシオは、平均では9.3である。一般的にアフォーダブルと感じる3から3.5よりも高い。さらに下四分位の価格及び収入の割合でみると14.1とかなり高い数値であることがわかる(Cambridgeshire Insight, 2013)。低い収入を持つ世帯がいかに厳しい状況下にいるかが容易に想像できる。また、2031年までに新たに1,7131戸ものアフォーダブル住宅が必要であるとの試算(Cambrdige City Council, 2013)もあり、ケンブリッジにおいてもアフォーダブル住宅問題への取り組みは喫緊の課題であるといえよう。

S106再交渉とその対応

 不景気下でのS106下でアフォーダブル住宅供給の再交渉はケンブリッジにおいても見られた。Morrison & Burgess (2013)の報告によると以下のとおりである。

 ある開発業者が2007年5月に開発用地を購入した。同業者はケンブリッジ地域が開発事業当たり40%以上のアフォーダブル住宅供給を、S106を通じて要求していることを理解しており、開発計画自体は2,550戸の住宅を供給することを目標としていた。しかし2008年9月に入ると同用地の価値が下落し、スキームの採算性が問題となった。そこで開発業者は40%以上のアフォーダブル住宅供給を行うと事業の採算性が取れず、第1フェーズにおいては16.5%ほどのアフォーダブル住宅の供給水準へ留めさせて欲しい旨を市議会(City Council)へ嘆願した。しかし市議会からの同意が得られなかったため、2009年5月に所管大臣(the Secretary of State)に対し判断を仰いた。開発業者は、購入当時の土地価格水準でなければ採算性が得られないことを主張した。しかし、所管大臣は受け入れず、市議会の「開発残余法によるといまだに同開発スキームは実現可能である」という主張を支持した。さらに、開発業者は好景気の際には利益を得ることのできることを考えると、開発業者のリスクを不景気下に防ぐことは適切ではないと加えた。結果としては再交渉には応じず、既にS106の同意がなされたアフォーダブル住宅の供給を遂行させることとなった。このようにケンブリッジにおいてもS106の再交渉が不景気下には見られたが、市議会は強気な対応をみせS106下でのアフォーダブル住宅供給の履行を促した。

ケンブリッジ大学関係者へのアフォーダブル住宅供給

 ケンブリッジ大学は、都市と経済的社会的に密接に関連しており、都市計画においても切り離すことはできない。これはアフォーダブル住宅供給不足問題においても同様である。

都市と大学の関係

 まずこの問題を把握するために、都市と大学の関係について整理したい。

 大学の印象が強いケンブリッジであるが、実は都市ケンブリッジの歴史はさらに長い。ケンブリッジ大学建学以前から、都市ケンブリッジは交易の重要な拠点として栄えていた。11世紀には城郭や教会が存在し、およそ2,000もの人々が住んでいた。ケンブリッジ大学の礎は、1,209年にオックスフォードにおいて市民と学者間の確執から避難してきた、学者たちによって築かれた。その後、当時の国王であるヘンリー三世の保護を受け発展し、現在では31のコレッジと150の学部からなる総合大学となるまでに発展した。いまではケンブリッジ大学それ自体が都市ケンブリッジの長い歴史であるといって問題はないだろう。 ケンブリッジ大学が地域および英国全体に与える影響は大きい。ケンブリッジ大学が存在しない場合、次の10年間で支出と雇用に次のような影響がある。ケンブリッジの地域では、GDPから212憶ポンドのNPV(Net Present Value, 現在価値。将来得られると予想されるキャッシュフローを現在の価値に割り引いたもの)の代替と、およそ77,000の新しい職が必要となる。英国では、GDPから44憶ポンドのNPVの代替と、およそ10,800の新しい職が必要となる(The Library House, 2006)。また、ケンブリッジ大学がその発展に大きく寄与したケンブリッジ・クラスターは、2013年現在、1,500以上ものハイテク企業が集まり、年間収入は120憶ポンドを超え、欧州最大のテクノロジー・クラスターになっている(Cambrdige University, 2013)。このようにケンブリッジ大学の存在は、都市の観点からも国の観点からも重要であるといえる。

大学関係者の住居問題と対応

 これほどまでに重要な大学であるが、大学関係者への住居供給も課題となっている。研究機関の報告によると、将来見込まれる移入予定の大学学術関係者の3分の2は、家計の収入で平均的な2ベッドルームのテラスハウスへ住むことさえできないと試算され、さらに今後学術面での給与が低迷することによりこの状況は悪化することが報告された(CCHPR, 2004&2008) 。

 Morrison (2013)はその対応を以下のように報告した。このような大学関係者の状況もあり、ケンブリッジのCity Councilはアフォーダブル供給を重視する地域計画の実現を図った。その過程においてアフォーダブル住宅に関するポリシーを改訂し、研究と開発に関わる者達をKWL(Key Worker Living programme)の定めるキー・ワーカー(Key Worker)に含めることとなった。KWLは、アフォーダブル住宅を取得することのできないキー・ワーカーに対して同住宅を供給することを目的に2004年から施行されている。対象は「中間より低い所得(low-to-moderate Income)の公共サービスに従事する者たち」が主であり、公共サービスの確立が必要な場所で、安定した住宅の取得が困難であると考えられる収入の公共サービス従事者に対して、アフォーダブル住宅を供給しようとする政策である。一般的にこのキー・ワーカーは、役所・福祉・警察・消防等の都市機能を維持管理する公共サービス従事者を指す。しかし、ケンブリッジにおいてはこれらと少し異なるサービスの従事者がこのキー・ワーカーの定義に含まれている。ケンブリッジにおけるキー・ワーカーは「コミュニティの管理と快適性に寄与する役割を担い、かつ研究と開発に従事する者」と定義された(CCHPR, 2002) 。このケンブリッジの事例は特殊で、前述のとおり、いかに大学関係者が都市にとって重要な存在であるかが見て取れる。

 ケンブリッジ大学は、これに促されるようにケンブリッジ市のノースウェストに保有する土地を開発用地として開発事業案の提出をした。同事業はS106を通じて行われるもので、当初2,000戸から2,500戸もの住宅供給が含まれていた。そのうち半分の1,250戸については市場価格にて売却され、残り半分は大学関係者の住居に使われるものであった。さらに2,000戸が学生用として、100,000㎡が研究施設として計画された。

 このケンブリッジの事例はアフォーダブル住宅の提供は大学関係者のみに供給されるものであったにもかかわらず、ほぼ異論なく受理された。また最終的には、さらなる土地の有効活用をすべきとし、最大3,000世帯の住居を供給することが望ましいともされた。本来であれば地域住民への適格世帯をも対象としたアフォーダブル住宅の提供も視野にはいるべきところであるが、ケンブリッジ大学関係者のみを対象とするのは異例のことであった。これにより、ケンブリッジ大学はS106とキー・ワーカーの枠組みにより多くのアフォーダブル住宅を大学関係者に供給できることとなったのである。

 また地域住民も思いのほか、同開発事業を好意的に捉えた。その理由として、①大学関係者の世帯が住宅価格に影響を与えるとは考えられないこと、②大学関係者の流入は近隣住民のプロファイルを向上させると考えたためである。つまり経済的にも社会的地域にも地域に貢献するものとして大学への配慮が都市計画において反映された結果となったといえよう。

まとめ

 CILという新たな都市計画ツールに取って代われることを予想されるS106であるが、その潜在的有用性はいまだ十分に高い。とくに英国のアフォーダブル住宅の供給不足に強力なツールである。しかしアフォーダブル住宅の供給状況は地域により様々であり、かつ常時変化する経済状況を見極めながら供給を促す必要があるため、LPAは状況に即した対応が求められる。ケンブリッジの例ではその地域的対応を探った。

 同都市は学園都市ならではの大学運営に携わる関係者への住宅供給に関する政策的対応が現状に即してなされた良い例である。ケンブリッジ大学が地域と英国全体にとって重要な機関であり、その運営にかかわる大学関係者に対する住宅供給に関する必要性であった。地域住民へのアフォーダブル住宅供給も優先事項であったにも関わらず、LPAと地域住民は大学に対して大きな理解を示した。これは大学が地域に浸透している証拠であり、地域住民も大学の世界的評価の維持が、地域にとっても英国にとっても肝要であると認識していることにほかならないだろう。この例を通じて、S106が地域の考えやニーズに柔軟な対応できていることも見ることができた。今後、CILの導入が進んだとしてもこの有用性は重宝されることだろう。

参考資料

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