1. 金融理論におけるi.i.d.仮定と不動産リターンの実体
現代ファイナンス理論およびポートフォリオ選択理論の多くは、試行ごとの確率変数が互いに独立であり、かつ同一の確率分布に従うという「i.i.d.(Independent and Identically Distributed:独立同分布)」仮定を暗黙の前提として構築されている。リターンがi.i.d.過程に従う場合、ある期間のリターンは過去のリターン情報から独立であり、ボラティリティ(分散)は時間の経過に対して線形にスケーリングされる。
しかしながら、不動産市場における現実のリターン生成プロセスはこのi.i.d.仮定から著しく逸脱する。不動産リターンには強い自己相関(Autocorrelation)が存在し、変動の大きさが時期によって群聚するボラティリティ・クラスタリングや、市場ショックの永続的な残留といった時系列構造が観察される。この「Non-i.i.d.特性」を正しく解明し数理的に定式化することは、不動産を包含する長期ポートフォリオの決定において極めて重要な課題となる。
2. 分散の期間増幅メカニズムとCheng et al. (2013) の問題提起
リターンがi.i.d.に従わない場合、最も深刻な影響を受けるのが「保有期間に応じたリスク(分散)の拡大挙動」である。
i.i.d.過程の下では、保有期間 t における累積リターンの分散 Var(Rt) は期間 t に比例して単純に増大する(Var(Rt) ∝ t)。これに対し、強い正の自己相関や非定常性を伴うNon-i.i.d.過程においては、過去の正のショックが将来のリターンに順次伝播するため、保有期間が長くなるにつれて累積分散が t の1乗を超えるオーダー(Cheng et al. 2013の指摘によれば t2 に近似するスピード)で二次関数的に増幅する現象が生じ得る。
Cheng et al. (2013) はこの分散の期間増幅効果に着目し、不動産のNon-i.i.d.特性が長期投資家の資産配分を決定づける支配的要因であると結論付けた。すなわち、保有期間が伸びるほど不動産のリスクが雪だるま式に増大するため、長期投資になればなるほど不動産の最適組み入れ比率を引き下げざるを得ないという理論的フレームワークを提示したのである。
3. 時系列計量分析による検証:単位根検定とARIMAモデル
このNon-i.i.d.特性の実体を計量的アプローチによって検証するため、まず行うべきは不動産リターン指数における「単位根(Unit Root)」の有無の確認である。拡張ディッキー–フラー検定(ADF検定)やフィリップス–ペロン検定(PP検定)を用いた実証分析により、水準系列のみならずリターン系列において単位根プロセスが存在するかどうかがテストされる。
単位根が存在する場合、系列は非定常(Non-stationary)となり、過去に生じた外生的ショックの影響が減衰することなく将来にわたって永久に残り続ける。
さらに、不動産リターン系列に対して自己帰還滑らか移動平均(ARIMA)モデルを適用して予測誤差(Prediction Error)のダイナミクスを算出すると、単位根特性を有する系列では、将来の予測時点が先になればなるほど予測誤差の条件付き分散が収束せず、無限に拡散(累積)していく挙動が観測される。これは、前述したCheng et al. (2013) が提示した「分散が保有期間に応じて累積・増幅する」という記述統計的ファクトと時系列的に整合する結果である。
4. ボラティリティの時変性:GARCHモデルによるボラティリティ構造の解析
時系列特性の解明をさらに深めるため、条件付き分散の時変性(Time-varying Variance)に着目したGARCH(Generalized Autoregressive Conditional Heteroskedasticity)モデルによる分析が不可欠となる。
不動産リターンの分散は時間を通じて一定ではなく、市場の加熱期や冷え込み期、あるいは金融危機などのマクロ経済ショックに応じてダイナミックに変化する。GARCHモデルを用いた実証分析結果は、条件付き分散の持続性パラメータ(GARCH項の係数)が極めて1に近い値をとることを示している。これは、一度ボラティリティが高まるとその影響が長期にわたって市場に留まり続ける「高ボラティリティの永続性」を意味しており、投資家が直面する予測不確実性が時期によって極めて強く変動することを実証している。
5. 単変量分析の限界:予測誤差の累積が示唆するもの
以上の単変量時系列分析(Univariate Time Series Analysis)の帰結を整理すると、不動産リターン単体の時系列構造においては確かに強い単位根および自己相関が観測され、ARIMAやGARCHモデルを通じた予測誤差の条件付き分散は期間とともに著しく拡大することが確認される。
しかし、この結果をもって直ちに「不動産のNon-i.i.d.特性が長期ポートフォリオ選択において不動産配分を抑圧する決定打となる」と結論付けることには理論的飛躍が存在する。なぜなら、単変量分析において観測される単位根や高い予測誤差は、あくまで不動産という単一の資産クラス内部のみで閉じた情報集合に基づく結果に過ぎないからである。
現実の資産運用において、投資家は不動産のみを単独で保有するわけではなく、株式や債券といった他資産を含むマルチアセット・ポートフォリオを構築する。もし他資産の動きが不動産の予測誤差に対して強い説明力を持つ(共分散構造が存在する)ならば、多変量の枠組みに拡張することで不動産の条件付き予測誤差を大幅に圧縮できる可能性が残されている。
不動産のNon-i.i.d.特性がポートフォリオ選択に与える真の影響を評価するためには、単変量での検証を超え、複数資産間の動的ダイナミクスを捉える「多変量時系列分析」へと議論を進める必要がある。
- Cheng, P., Lin, Z., & Liu, Y. (2013) Illiquidity, Non-i.i.d. Returns, and Long-Horizon Portfolio Choice.
- Phillips, P. C. B., & Perron, P. (1988) Testing for a Unit Root in Time Series Regression, Biometrika, 75(2), pp. 335–346.
- Said, E., & Dickey, D. A. (1984) Testing for Unit Roots in Autoregressive Moving Average Models of Unknown Order, Biometrika, 71(599), pp. 599–607.
(第3回「他資産との動的ダイナミクス:多変量時系列分析からのアプローチ」へ続く)