投資不動産ベンチマーク指数における不動産鑑定評価の重要性

鈴木英晃
2017年4月

※本稿は、雑誌「不動産鑑定: 54(4), 36-40, 2017-04、住宅新報社」に掲載されたものである

背景

 不動産鑑定評価は我が国不動産市場の整備を牽引してきたが,まだその重要性については知られていない側面もある。筆者は「投資不動産ベンチマーク指数」という機関投資家向けの指数を開発・提供する特殊な業務に過去従事してきた。しかし,投資を促すこのベンチマークという経済指標に対しても鑑定評価が貢献していることは思いのほか知られていないようである。機関投資家とは「資金拠出投資家(例えば生命保険会社や年金基金など)」や「アセットマネージャー(資産管理者)」などを指すが,これら投資家が「投資の意思決定/業績の把握/戦略の見直し」を行う際に,同指数は必要不可欠な経済指標であり,鑑定評価はその基盤となっている。本稿はこの「投資不動産ベンチマーク指数」の理解を通じて,鑑定評価の重要性を再確認する。

投資不動産ベンチマーク指数とは

 指数(又はインデックス)と呼ばれるものは様々である。ある事象を数値化するとそれは指数と位置付けられるため,その言葉の使われ方は多岐にわたる。不動産市場における指数は「リサーチ型指数」と「業績評価型指数」の二つに分類することができよう。リサーチ型指数は,市場動向や過熱度を把握するために用いられる。例えば,市場成約賃料指数や不動産業種景気動向指数などがそうである。市場動向をタイムリーに把握していく必要があるため成約事例を採用することが多い。一方,業績評価型指数は対象とする運用者の業績における優劣を,ピア比較によって評価するための指数である。同指数は鑑定評価を使うものが一般的である。

 投資不動産ベンチマーク指数(以下,「不動産ベンチマーク」)は,後者の業績評価型指数である。同ベンチマーク指数は,ポートフォリオ運用者(または自己の資産管理を委託している外部運用者)の運用能力を,他の市場参加者との比較によって分析するために用いられる。日本で整備されている指数は,不動産証券化協会の公表するARES Japan Property Index(AJPI)など,米国ではNCREIF(米国不動産投資受託者協会)のNCREIF Property Index(NPI)と,英国ではMSCI(IPD社を買収)のIPD Property Indexなどが整備されている。基礎データは,実際に運用されている投資不動産ポートフォリオの情報を運用者から守秘義務契約を結んだうえで直接的に収集をしている。守秘義務に縛られるため,個々のファンドの業績を公開することはできず,それらを集合値化させたもの,つまりベンチマーク指数を公開している。

 不動産ベンチマークは投資における経済指標であるため,投資不動産の収益性に焦点を当てている。不動産の収益は,賃貸収入を主とするインカム収益と,投下資本の変動であるキャピタル・ゲイン/ロスと定義できる。これら二つの収益と投下資本との関係を比率として表現したものが不動産の「リターン」となる。この不動産リターンを指数化したものが不動産ベンチマークである。例えば「過去一年間,不動産に投資をしていると10%のリターンが得られていた」という考え方である。同指数の投下資本は,一般的に鑑定評価額が用いられている(厳密には投下資本も加味する)。

投資ベンチマーク指数における鑑定評価の重要性

 ここからはベンチマークに鑑定評価が採用されている理由を見ていきたい。不動産ベンチマークはピア比較用の業績評価型指数であると書いた。不動産ポートフォリオ運用者におけるピアとは「類似する投資運用方針を共有する競合者」と考えて良い。例えば,オープン・エンド型不動産ファンド運用者にとってのピアは他のオープン・エンド型不動産運用者であり,オフィス・ポートフォリオ運用者のピアは他のオフィス・ポートフォリオ運用者である。投資家がAファンドというファンドに投資した場合,そのファンド運用者に対して,競合他社であるB・Cファンドとの「業績上の優位性」の証明を要求する。そこでAファンド運用者は,集合値であるベンチマーク(含む B・Cファンドの運用結果)を用いて投資家に対し業績報告を行う。

 競合者の不動産ポートフォリオの業績は,取引事例では把握することが難しい。取引価格を得るためには,市場で実際に取引される必要があるが,競合他社の保有物件全てが同じタイミングで売買されることはない。不動産は非流動的な資産として知られているように,株や債券のように流動性は高くなく,タイムリーに価格データが取得しづらい。さらに,不動産には経済価値や場所等が似通ったものはあっても,物理的に同じ不動産が世界に一つしかないという特性(不均質性)がある。これは株式市場で得られるような同一株式の取引情報というものは得ることができないことを意味する。そこで保持期間の資産価値を判断する指標として活用されるのが鑑定評価額である。これは不動産の価値(value)に関する専門家である不動産鑑定士の意見として得られる。取引価格が売買の行われた時期でのみ得られるのに対し,鑑定評価額は継続して評価を行えば安定したサンプリングを行うことができる利点を持つ。そのため,運用期間中の保持不動産の価値として活用でき,個別案件毎の業績計測が可能となってくる。これはピアのみならず,自己ポートフォリオ内にて保有されている物件の業績を計測する場合も同じである。

不動産投資におけるベンチマーク運用

 本章では同指数を用いたベンチマーク運用について説明していく。どういった場面で使われているのか。同ベンチマーク運用の理解にあたっては不動産投資プロセスの各ステージに従って考える必要がある。①不動産への資産配分の決定,②不動産投資戦略の策定,そして③戦略の実行である。このそれぞれの段階において,大規模機関投資家は3つの段階別ベンチマークを使い分ける傾向にある。

アセット・アロケーションとポリシー・ベンチマーク

 まず,アセット・アロケーション(資産配分)についてである。機関投資家は投資戦略に応じて株式・債券・不動産など各資産クラスに配分している。不動産にも資産配分されるが,その際には「ポートフォリオ全体における不動産の役割」を理解しておく必要がある。そこでポリシー・ベンチマークが活用される。ポリシー・ベンチマークは,不動産を前述の「リターン」という概念をもって算出されているため,他の資産クラスを横並びで比較する際に有用である。一般的には,不動産ベンチマークとその他資産クラス指数(例えば,株であればTOPIX,債券であれば野村BPIなど)の分散共分散行列を計測し最適な資産配分比を探し出すことが行われる(厳密には質的調整も加えられる)。これは,投資家の持つ期待リターンとリスク許容度に応じて最適な政策資産ミックスを探し出すことと同じである。

戦略策定と戦略ベンチマーク

 不動産への資産配分比が決定した後,投資プロセスの第2段階として「不動産投資戦略の策定」がある。戦略策定にあたっては様々な点が考慮される。例えば過去の投資業績/リスク,地理的選好,産業構成,政治的リスク,投資市場の模と成熟度,インフレ率との連動度合いなどである。策定後には,達成可能であろう期待業績をベンチマークとして表現していく。これが戦略ベンチマークの設定であり,不動産資産配分部分における「業績目標」ということになる。これは、上記ポリシー・ベンチマークと同じ場合もあるが、投資家のアセット・アロケーション手法によっては異なることもある。

投資実行とマンデート・ベンチマーク

 投資プロセスの第3段階が,戦略の実行である。これは「戦略ポートフォリオを基にしたベンチマークのリスク・リターンをいかにして再現するのか」ということに焦点を当てながら,運用者と投資案件の選定を考えていく。例えば,グローバル不動産市場の一部として東京オフィス市場に投資する戦略を持つ場合を考えてみよう。この場合,戦略ベンチマーク内(グローバル市場)の「東京オフィス部分」を再現すること(もしくは上回る業績をあげること)を考え,運用者と投資案件を決定していく。選定された運用者には東京オフィスベンチマークが割り当てられる(もしくは同ベンチマークをつかってモニタリングしていく)。委託された運用者は,この東京オフィスベンチマークを意識した投資の実行を行っていく。このように,戦略ベンチマークの再現(割り当て)を通じて,投資戦略と実行の整合性を高めていくことが容易となる。

 業績報告もこの「ベンチマーク」という尺度を用いて行われる。業績目標(戦略ベンチマークの一部)がマンデート・ベンチマークとして与えられた運用者はこれを達成するための権限が一定程度与えられる。実際の業績は,ベンチマークとの対比においてレポーティングされる。ベンチマークから乖離した結果を運用者が出した場合,要因分析をもって業績の理由と再現可能性について,投資家とコミュニケーションを図っていくこととなる。

 これは機関投資家にとって「投資目標と実行を一致させる」という一貫性の観点からも,そして「投資権限の一部を委託運用者に委ねる」という負担軽減の観点からも,魅力的であり効率的な運用方法である。

鑑定評価の問題が不動産ベンチマーク指数に与える影響

 ここまで見てきたように,不動産ベンチマークは機関投資家にとって必要不可欠な経済指標である。しかし,不動産ベンチマークを用いた運用は,鑑定評価から派生する問題もいくつか指摘されている。実際の運用はそれら問題を意識したうえで行われてきた。その多くはすでに知られている問題であるが,ここでは投資の観点から見直していきたい。

 前述のとおり,不動産市場のように流動性の低い非上場資産クラスにおいては,市場から得られる取引価格事例が少なく,市場の動向を適切に理解することが難しい。また,不均質性のある不動産は,その個別性がとても強いため,近隣の取引事例を,ある不動産の価格として直接的に適用することも容易ではない。そのため,不動産市場において,市場価格のプロキシーとしての鑑定評価額を採用している。鑑定評価は,その有用性が広く様々な場面で用いられている一方で,正確性については多く議論されてきた。代表的な問題は,「平滑化問題(またはスムージング)」である。

 平滑化問題は,鑑定評価が市場で起こっている実際の変動を上手く追跡できないという特性である。Clayton et al. (2001)は平滑化問題について米国市場について調査している。その結果,「個別不動産の鑑定評価額は実態市場と比較して3四半期の遅れがあり,同じ不動産を継続的に評価している不動産鑑定士は,直近の評価価格をアンカリングすることにより古い情報を使用する傾向がある」と報告している。

 この問題は鑑定士の行動による部分も大きいことがわかっている。McAllister et al. (2003)は,英国鑑定士の行動が原因となった平滑化について次のように報告している。鑑定会社とのインタビュー調査の結果,不動産の価値が減少していることが市場で読み取ることができているものの,市場から得られる動向証拠が欠如している場合に,次の三つのシナリオを用いて主に評価額の調整を行う傾向がある。まず①調整をしない。次に②調整を遅れて行う,そして③保守的に調整を行う,である。さらに彼らの顧客は“変動”に対して用心深く,遅い調整を好むこともインタビューの結果からわかった。McAllister et al.はこの鑑定士の行動と評価の関係についてさらに分析をした。1987年1月から2001年4月にかけての月次不動産ベンチマーク指数を調べたところ,月次での評価替えが行われたにもかかわらず評価額の変動がそれぞれの四半期月(3月,6月,9月,12月)によく見られ,その他の月よりも大きく変化することを指摘した。これは,いくつかの評価会社は市場の情報を3ヵ月置きに更新していると答えたことと一致する。さらに、市場で起こったイベント(1980年代後半の市場盛況,1993年4月の市場回復,3回にわたる印紙税の改定)に多くの鑑定士が反応できていなかったことも報告している。これらから次のようなことが言えるだろう。鑑定士は市場の情報が欠如する中で,いかに評価額を市場の動向に見合うように評価額を調整していくかという状況にあり,実際に市場の証拠が得られるまでは控えめに行動をしている。そして中には市場の動向を上手く追跡することのできない鑑定士が数多く存在する。

 これら問題は鑑定評価の信頼性を左右するものであるが,鑑定評価自体を基盤としたサービスに与える影響も指摘されている。不動産ベンチマークや地価公示も鑑定評価を基礎としているが,指数作成目的のために個別案件を集合値化した場合,平滑化問題が悪化することも指摘されている(Brown & Matysiak, 2000)。同様に,Shimizu & Nishimura(2006)が1975年から1999年の鑑定評価を基礎としている地価公示のデータには大きな平滑化が見られると指摘している。不動産ベンチマークはこういった問題を意識しながら使っていく必要がある。

 平滑化問題は,不動産と他の資産クラスを比較する際に議論となる場合が多い。株式指数(例:TOPIX)も,債券指数(例:野村BPI)も取引事例に基づくものであるため,市場変動をよく捉えており変動幅が比較的大きい。しかし不動産指数については同問題によって実際市場より変動幅が小さいためリスクが過少評価されてしまう。つまり,不動産が他資産クラスより圧倒的有利に映ってしまい,投資家の意思決定をミスリードしてしまう。ただし,不動産指数を「非平滑化」する技術はいくつか開発されており,指数を一定程度まで加工(またはカスタマイズ)することが実務では一般的に行われている。もちろん,常にこの非平滑化を行って不動産指数を使う必要があるというわけではない。資産クラス間ではなく,不動産間の比較であればそのまま使って問題ない場合も多い。

 さらに,「不動産鑑定評価額と売却価格の差」に関する問題もある。この差に関する研究は米国と英国において発展してきた。Carsberg Report (2002)ではRICS(英王室勅許サベイヤーズ協会:英国不動産鑑定士協会とも訳される)に対するその提案の一つとして「IPD社(現在はMSCI社に買収されその不動産部門として機能)の保有する豊富な運用不動産データを用いて売却価格と鑑定評価額の差を積極的にモニタリングすることで鑑定評価の発展に貢献するべき」とした。RICSは2003年にこの提案に答える形で,当該「差」に関するレポートをIPD社と一緒に継続発行し始めた。現在はMSCI(2016)が単独でこの調査を続けているが,グローバルに見た鑑定評価と売却価格の差には,規模に応じて絶対値ベースで8%から16.3%の差があることもわかっている。

 米国ではGeltner et al.(1994)がRussel-NCREIFのデータベースを用いてランダムな個別のエラーは6%から13%だと報告した。これら米国と英国の研究を追従するかたちで,様々な国でも行われてきた。ナイジェリアではAyedun et al. (2011)が評価人の不正確さを指摘し,オーストラリアではParker (1998)が,オーストラリアの鑑定評価は英国で報告されているものよりも高い精度を保っているが,それでも機関投資家が期待している精度よりも低いことを報告している。これは鑑定士のスキルによるところも大きい。

 鑑定評価制度(含む 定義)や手法の統一性も不動産ベンチマークに影響を与えてくる。2か国以上の比較が必要となる場合,鑑定評価基準・手法が統一されていない場合がある。例えば床面積やイールドに関しての定義が統一されていない等である。この統一性はインバウンド/アウトバウンド投資の際に投資家が注意を払ってくる部分である。

最後に

 投資不動産ベンチマーク指数は機関投資家の不動産投資プロセスを様々な場面において支えている。鑑定評価無くしてこのベンチマーク作成は事実上不可能であるため,鑑定評価が投資分野において果たしてきた貢献は偉大である。我が国では今後,公的・準公的資金が不動産市場へ本格的に参加していくことが期待されており,その過程のなかで不動産ベンチマークを用いた運用のニーズは増えていくものと予想される。同時に鑑定評価自体が担う社会的意義もこれから増していく。ベンチマーク運用は投資家に対し効率的かつ統一性を持った投資を支援することができるため今後のさらなる普及を望むが,指摘されている鑑定評価の問題についても引き続き議論が重ねられていくことを望みたい。

参考資料

Ayedun C.A., Ogunba O.A. and Oloyede S.A. (2011). Empirical Verification of the Accuracy of Valuation estimates Emanating from Nigerian Valuers: A Case Study of Lagos Metropolis. International Journal of Marketing Studies. Vol.3, No.4; November 2011.

Brown, G. R., & Matysiak, G. A. (2000). Sticky Valuations, Aggregation Effects, and Property Indices. Journal of Real Estate Finance and Economics , 20 (1), 49-66.

Carsberg, B. (2002). Property Valuations. Report of the RICS Committee. London. Royal Institution of Chartered Surveyors.

Clayton, J., Geltner, D., & Hamilton, S. W. (2001). Smoothing Commercial Property Valuation: Evidence from Individual Appraisals. Real Estate Economics , V29 (3), 337-360.

McAllister P., Baum A., Crosby N., Gallimore P., and Gray A (2003). Appraiser behaviour and appraisal smoothing: some qualitative and quantitative evidence. Journal of Property Research, 20(3) 261-280.

Geltner, D., Graff, R. & Young, M. (1994). Random Disaggregate Appraisal Error in Commercial Property: Evidence from the Russel-NCREIF Database. The Journal of Real Estate Research. Vol. 9 (No. 4), 403-419.

Shimizu, C., & Nishimura, G. (2006) Biases in appraisal land price information: the case of Japan. Journal of Property Investment & Finance Vol. 24 No. 2 ,150-175.

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